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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)749号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 甲野太郎

被控訴人(附帯控訴人) 乙山花子

主文

本件控訴及び附帯控訴(当審で拡張された請求を含む)をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、附帯控訴費用は被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人。以下単に控訴人という)は、「原判決主文第一項を取消す。被控訴人(附帯控訴人)の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴につき、「本件附帯控訴(当審で拡張された請求を含む)を棄却する。」との判決を求めた。被控訴人(附帯控訴人。以下単に被控訴人という)は、控訴人の控訴につき控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として、当審で慰藉料請求額を金二〇〇万円拡張の上、「(一)原判決中被控訴人敗訴部分を取消す。(二)控訴人は被控訴人に対し更に金三〇〇万円及びこれに対する昭和五三年三月一八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。(三)第一、二審の訴訟費用(附帯控訴費用を含む)は控訴人の負担とする。」との判決並びに右(二)項について仮執行の宣言を求めた。

被控訴人は、請求原因として、「(一)被控訴人と控訴人は昭和四三年一一月五日婚姻届を出して結婚したが、昭和四四年四月三〇日別居し、同年一〇月二八日長男一郎が出生し、同五二年二月一八日調停離婚した。控訴人は国立電気通信大学を卒業し、機械関係の飜訳を業としている者で、現在、土地と家屋を所有し、安定した生活をしている。(二)控訴人はその母丙川はると共謀して、身重な被控訴人を強制的に別居させ、その後離婚に応じない被控訴人に対してのみならず、被控訴人の父母、兄弟、親戚等に対してまで電話及び郵便(朱書きや黒枠のもの)で脅迫やいやがらせを重ねた。長男一郎は、控訴人がその監護に当ったが、病弱であるところ、控訴人は、一郎の療養に必要な健康保険証の交付を拒み、剰え一郎のことを「自分の子ではない」等と称する始末である。また控訴人は、自分で印鑑を所持しているにも拘らず、被控訴人が盗んで行った等と虚偽の主張をして訴訟(東京地方裁判所昭和四五年(ワ)第八六六七号事件)を提起し、被控訴人をしてこれに応訴、出費せざるを得なくさせた。そればかりでなく、控訴人は被控訴人との結婚前から親密であった丁田月子と同棲し、同女との間に一子まで儲けている。(三)以上の経過で被控訴人はやむなく離婚を決意し、離婚と慰藉料支払等を求める本訴を提起したのであって、離婚請求部分は前記の調停離婚成立により終了した。しかして、前記のような控訴人の行為により離婚せざるを得なくなったことについて被控訴人が蒙った精神的苦痛は甚大なものであって、これを金銭に換算すれば金八〇〇万円を相当とする。よって慰藉料として金八〇〇万円及びうち金三〇〇万円について弁済期後の昭和五一年三月五日、うち金二〇〇万円について同じく昭和五二年九月一六日、うち金三〇〇万円について同じく昭和五三年三月一八日から各完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と述べ、控訴人の後記(二)の主張はすべて争うと述べた。

控訴人は答弁及び主張として、「(一)請求原因(一)の事実は認める。同(二)の事実のうち、被控訴人が同居を求める調停を申立てたこと、控訴人が被控訴人らにいやがらせの電話をしたり、郵便を出したこと、控訴人が丁田月子と同棲し、一子を儲けたことは認めるが、その余は争う。同(三)の事実のうち被控訴人の精神的苦痛なるものを争う。(二)控訴人と被控訴人が別居したのは、被控訴人が同居中我侭で気が強く、自分勝手なことばかりして、控訴人との共同生活を円満に営んで行く気持がなかったので、結婚後二〇日も経たぬうちに頻繁に夫婦喧嘩をするようになり、控訴人の母はるに何かと親身な世話になりながら、控訴人との間が険悪となるにつれて、はるを馬鹿にしたり、気を悪くするようなことを言い、その挙句「こんな家に居られるか」と捨て科白を残して、その実家に帰ったことによるのである。しかもその後被控訴人は辞を低くして謝罪の意を表明する等の問題解決の姿勢を示すことなく、ただ控訴人の悪口を言うのみであったから、控訴人としても被控訴人との離婚はやむを得ないと考えたのであって、非は全て被控訴人にある。仮りに非が控訴人側にもあるとしても、被控訴人請求の慰藉料額は余りに過大である。」と述べた。

《証拠関係省略》

理由

請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、被控訴人と控訴人は、昭和四三年一一月七日挙式後、控訴人の母丙川はると共に、武蔵野市○○○の控訴人方都営住宅に同居し、従前どおり控訴人は朝霞基地内の会社に、被控訴人は電々公社に勤めて共稼ぎを続けたが、被控訴人が勝気の性格で協調性に欠けるところがあり、一方控訴人が被控訴人の男性関係についてあらぬ疑いをいだき、またはるが嫉妬深くて何かといやがらせ的な言動に出たこと等の理由で、次第に家庭内の円満を欠くようになり、その挙句、昭和四四年四月二九日はるが被控訴人に強く家を出ることを迫り、控訴人もこれに同調して翌三〇日被控訴人をその実家に送り届けて、爾来別居状態に入ったこと、控訴人は同年五月四日頃被控訴人及びその両親に対し、被控訴人に不貞の事実がある等と称して、被控訴人との離婚を申出で、一方既に控訴人の子を懐妊していた被控訴人は婚姻関係の継続を望んで、同月八日頃東京家庭裁判所に夫婦同居を求める調停を申立てたこと、右調停では控訴人が飽く迄も無条件離婚を主張して譲らず、その間に長男一郎が出生したので、昭和四五年四月一三日一郎の養育料として毎月一万円宛控訴人が被控訴人に支払う旨の範囲で調停が成立しその余は不調に終ったこと、被控訴人が監護することとなった一郎は病弱で医療を要することが多かったが、控訴人は、被控訴人の懇請にも拘らず、健康保険証の交付を受けることについて協力しなかったのみか、一郎のことを「自分の子ではない。」等と悪態をついたこと、控訴人は、無理にでも被控訴人に離婚を承諾させようとして、昭和四四年一二月頃から昼夜の別なく執拗に、被控訴人方にいやがらせの電話(その内容は、被控訴人やその両親、兄弟らに対する悪口、侮辱的発言のほか、同人らの知人や勤務先へ中傷の電話、手紙を発する旨の言辞を含むものである)を繰り返えし、被控訴人が警察に訴えたので一時止めたものの、昭和四七年七月頃には後に同棲するに至った丁田月子ともども被控訴人方に悪どいいやがらせの電話をし、また昭和四五年から四八年にかけて、被控訴人の母乙山しまに対し、黒枠に朱書きし、宛名を「乙山死魔」とした葉書を出したほか、被控訴人の父、兄らにいやがらせの葉書、手紙を書き、同人らの勤務先にまで送付するという有様で、被控訴人をはじめ、その家族らを極度に困惑させたこと、また控訴人は自らその印鑑を所持しておりながら、被控訴人に盗取された等と虚偽の主張をして訴訟(東京地方裁判所昭和四五年(ワ)八六六七号事件)を提起し、その他被控訴人の父母らを相手取って言いがかりとしか見えぬ訴訟を提起して、これが応訴を余儀なくさせたこと、控訴人は遅くも昭和四九年一月頃から前記の丁田月子と同棲し、その間に一子まで儲けていること、以上の経過で、控訴人と被控訴人の婚姻関係は主に控訴人の行為によって破綻せしめられ、従来一郎という子もあるところから控訴人との婚姻関係継続を望んでいた被控訴人もやむなく離婚を決意するに至り、昭和五一年二月二五日離婚と慰藉料支払等を求める本訴を提起した次第であること、以上の事実を認めることができ、前掲証拠その他の証拠のうち右認定に副わぬ部分は採用せず、他に右認定を左右すべき証拠はない。

右認定事実によれば、控訴人と被控訴人が離婚するに至ったについて、控訴人は夫婦の義務に反する遺棄、不貞の行為並びに婚姻を継続し難い重大な事由を作出した不法行為の責を免れないものというべく、本件にあらわれた諸般の事情を勘案すれば、被控訴人が右のような控訴人の行為によって蒙った精神的苦痛に対する慰藉料としては金五〇〇万円を相当と認める。

よって被控訴人の請求は、金五〇〇万円及びうち金三〇〇万円に対する弁済期後の昭和五一年三月五日、うち金二〇〇万円に対する同じく昭和五二年九月一六日以降各完済迄民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当とすべきであるから、右の限度で被控訴人の請求を認容し、その余を棄却し、認容部分について仮執行宣言を付した原判決は相当であって、本件控訴及び附帯控訴(当審で拡張された請求を含む)はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、民訴法三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡松行雄 裁判官 田中永司 賀集唱)

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